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ご心配をおかけしております!とりあえずのご報告をば!

2015/12/01 (火)  カテゴリー/闘病のこと。

え~~、長い間のブログ中断、大変ご心配をおかけしました
色々ありまして、更新することができずにおりました

8月末のCT結果では、右肺に少し溜まっていた胸水が、かなり増えており、
残念ながら、今までの抗がん剤を変えることになりました。
他院にセカンドオピニオンにも伺い、今までの病院での提案どおりで治療を
することになりましたが、9月に入った辺りから、呼吸が苦しくなり、
ちょうどシルバーウィークが重なったこともあり、ベッドが空かず、
長い間入院待ちしている間に、とうとう呼吸困難を起こし、
9月末から約1か月間緊急入院しておりました。

入院した時のレントゲン画像では、右肺が真っ白になっており、
即日、胸水穿刺を行い、半分の1500ccを3時間かけて採取しました。
鼻からの酸素吸入が始まり、今に至っております。
その日から3日後には、分子標的薬であるアバスチンと、
抗がん剤のタキソールの2剤での、週一回の治療がスタートしました。

1クール終えて、10月末に退院し、2クール目からは、
外来での化学療法に変わりました。
酸素ボンベ(ボンちゃんと呼んでいます)をゴロゴロ連れての
通院治療は、かなり痩せたこともあって、しんどいものがあり、
近くのがん友が車で送ってくれたり、帰りはケンヂが車で迎えに
来てくれたりと、周りに助けてもらっています。

きっと、昨年冬からの、父の事での疲れがどっと出たんだろうな、
これからは自分の治療の事だけに専念しようと思った矢先に、
なんと今度は母が入院
若い時から腎臓が悪かったのですが、悪いなりにも落ち着いていた
腎臓の機能が、夏過ぎから悪くなり、原因を探るのと食事療法、
腎臓を守って行くための勉強会をするための入院でしたので、
母自体は元気だったのですが、なんせ耳が遠いので大変
勉強会には私も参加し、かみ砕いて母に話をし、毎日計る血圧計や体重計、
食事療法するための計量カップやスケールを準備し、FAXも母の家に設置しました。
分子標的薬の副作用で、声が嗄声になっている私の声が、母には
聞き取りにくいらしいのです。
(私も、母と話すの、かなりのエネルギー消耗~)
やっと、先週火曜日に退院しましたが、万が一人工透析になった時のことも
考えておかないといけないし、今の住居は階段のみの3階のため、
母も大変だけど、私も階段がつらいので、春ぐらいまでには、
次の転居先も、母と相談して、決めたいと思っています。
やることいっぱいですが、自分の身体は自分で守ってもらわないといけませんので
母には、まずは、食事療法を頑張って欲しいと思っています。

そして、私自身も、先々週の20日から、O大病院の漢方外来で
実施されているケトン食の臨床試験に参加し、食事療法を始めています。
もう少し、身体を戻してからと思っていたのですが、おかげさまで胸水は
順調に減少して来てますが、体重が戻らず、頑張って食べてはいましたが、
実際、がんに栄養を与えているだけの堂堂巡りの状態で、
もし口から食べる事ができなくなったらの時を考えると、
いよいよ先が見えて来る状況になるため、
「参加されている末期がんの皆さん、元気になられてますよ」と、
自信満々でお話されていたH先生の言葉に励まされ、行うことに決めました。

最初の一週間は、極限まで炭水化物を摂らず、その分を脂質で補うという
高脂質の食事を行いますので、低血糖気味になったり、すごい倦怠感が
あり、もちろんメニュー的にもかなりつらく、心折れそうになりましたが、
何とか乗り越える事ができ、ケトン値も無事上昇
先生に「良く頑張られましたね」と褒めていただきました。
2週目からは、若干緩和されたのですが、今度は自分で計算シートで
カロリー計算しながら、レシピを考えないといけないので、
それが、もう難しくて、大変
しばらく家政婦さんか、ヘルパーさんを頼もうかなと思ってるぐらいです。
(一応、介護支援認定されたので、マジ使えるかなあ。)

そんなこんなで、免疫治療を含めると、今月は半分、どこかしかの病院に
行っていた状態で、疲れ果てておりました。

母の説明と報告をすると、漢方外来のH先生からは、
「あのね、あなたは病人です。お母さんよりも、あなたの方が重い病気なんだから、
自覚を持って、安静にしてください」と釘を刺されてしまいました。
本当に、先生の仰る通りで、ぐうの音も出ません。

色々あった他の用事も、何とか済ませる事ができ、今ようやく息をついています。
また、体調を見て、時間の許す限り、ブログの更新もして行きたいと思っています。

しんどいしんどい3か月間でしたが、半面、楽しく嬉しいこともありました
また、お知らせして行ければいいな~と思っています

では、皆さまも風邪などに気を付けて、温かくお過ごしくださいますように

今日は、亡き父の誕生日。
父のことを偲びながら過ごしたいと思います。

8クール目の退院報告と、引き続き「食」の話を。

2015/08/22 (土)  カテゴリー/闘病のこと。

お盆も過ぎ、ようやく過ごしやすくなりました
突然の雨などもあり、びっくりすることもありますが、
秋に移行するための気候の変化と思うと、少し嬉しかったりして・・・

今月4日に入院し、12日に8クール目の治療を終えて
無事退院いたしました。
翌13日に、父のお寺にもお参りし、やれやれと安心した途端、
副作用と思われる軽い味覚障害と胃腸の疲れが出てしまいましたが、
今は元気にしております。

我流の食事療法は、始めてからちょうど一か月経ちました。
炭水化物 (糖質)は摂らず、(ただ、朝のパンだけは、どうしても止められず
全粒粉や十六穀米、玄米などが入った糖質控えめ食パンを半分だけ
いただいています。)
そして、炭水化物だけでなく、糖質の入った食物は
出来るだけ控え、塩分も少なめを心がけています。
もちろん添加物が入っているものも、控えています。
炭水化物の代わりに、苦手な豆腐やお豆さん類を、何らかの形で
毎日摂取するようにし、野菜や卵、鳥と魚を積極的に摂り、
タンパク質とビタミン不足にならないように気を付けています。

入院中は、看護師さんに牛と豚を禁止にしていただき、
(ありがとうございました!)
入院前日と外泊中に、何品かおかずを作り、病院食が食べにくい
メニューの際は、それを食べたり、コンビニの豆腐を買って
食べたりと工夫をしてきました。

最初は、粉もん大好きの私、炭水化物を止めるなんて、絶対途中で
挫折すると思っていましたが、いざやってみると、結構やれるもんで、
2度ほど、何食べたらいいんか分からん状態になり、
胃が拒否して張ったりして、落ち込んだりもしましたが、
雑誌やテレビでの食レポを見ても、美味しそうやな~と思うぐらいで、
食べたい~~!!という衝動にかられることも、ほとんどなく、
人間やれば出来るものやな~と感心したり、
薄味に慣れると、野菜や調味料の味が良く分かったり、
ほおお~と新しい発見に驚いたりしています。

そうすると、この一か月で3kg減量。
それも、今まで生きて来て数十年、絶対に落ちなかった下半身、
特に太腿の肉が痩せ、履けなくなったパンツなどが余裕で履けるという
副産物もありました。
通販で、『何でこんなん買ったんやろう』と後悔したスキニーパンツも
何とか履くことができ、驚きです
いつもエネルギー整体を施してくれる友人曰く、余分なむくみがなくなった
のではないかとのこと。
ただ、あまり体重が落ちると治療に差し障りが出て来ることもありますし、
様子を見ながら行っていますが、今のところ、3kg減で横ばいになっています。

何しろ我流ですので、来週O大病院の漢方外来にて、ケトン食事療法を
きちんと伺うまでは、今は体力が衰えることが一番怖いことですので、
決して無理せずに行っていこうと思っています。

しかし、炭水化物 (糖質)を止めてから気付いたこと・・・。
外食できるところが、ほとんどなくなったこと
一品料理を出してくれる居酒屋系か焼き鳥屋さん、
ファミレスなどしかなく、本当に難儀しています
また、炭水化物だけではなく、糖質全てを控えているので、
スーパーやコンビニでも買う物が激減。
どれだけ炭水化物や糖質、添加物などが、この世に
溢れ返っているのかが良く分かりました。

もし、今度の食事療法が身体に合わず、元の食事に戻すことに
なっても、以前のようには戻らない、いや、戻れないと思います。

そして、もう一つ驚いたことは、意外なものに糖質が多く
含まれていたり、多いと思っていたものが案外少なかったり
すること。
糖質カロリー表を見ると、本当に目から鱗状態になります

この短期間で、色々勉強させていただき、またまた感謝です


それから、退院後のことですが、今週18日(火)の外来で、
腫瘍マーカーが、前回284→217と、わずかではありますが、
下がっていました
ただ、数値が依然高いのに変わりはないので、昨日の21日、
胸部腹部骨盤内のCTを撮って参りました。
来週25日(火)の外来で、結果が出ますので、また報告させて
いただきますね。

良い報告ができると信じています


◇久々のおまけ◇

8月1日(土)に、昨年も参加させていただきました
上方舞 山村若静紀社中の浴衣会に行って参りました。

若静紀先生のお弟子さんで、名取でもある若静奈さんの下で、
現在、グループレッスンをさせていただいていることもあり、
気合を入れて、今夏初めて浴衣に袖を通しました

浴衣のツーショット!
私は、元気を出すため、2年ぶり(かな?)にビタミンカラーの
雪花絞りの浴衣と、ケンヂは紺の小千谷縮。

素晴らしい舞と、久しぶりに会ったみんなの笑顔で、エネルギーチャージ
おかげさまで、楽しいひと時を過ごすことが出来ました!

皆さん、ありがとうございました

初心に戻り、新しい試みを!

2015/07/27 (月)  カテゴリー/闘病のこと。

蒸し暑い梅雨も明け、ギラギラした日差しが照りつけていますが、
皆さま、元気でお過ごしでしょうか?
こんなに暑いと、誰でもどこでも熱中症になる危険性がありますので、
しっかり対策して、猛暑を乗り切りましょうね

今月8日に、7クール目の治療も無事に終え、退院してまいりました。
入院中の4日(土)には、父の満中陰と永代供養の納骨も、
無事に済ませることができ、本当にホッとしました。
お気遣いいただいた先生や看護師さんたちにも感謝申し上げます

父の病気が判明してから今まで、ほとんど何もしなかった母に失望し、
イライラすることが度々ありましたが、忌明けまで父を供養してくれたこと、
慣れないことで大変だっただろうなあと気遣う気持ちも芽生えて来ました。

諸手続きもつつがなく終了し、今は感謝の気持ちと、ケンヂと私の二人の母、
プリンセス伯母たち親族、友人たち、そして私の知る全ての方が
元気で過ごしてくれることを願ってやみません。

自営業を営んでいましたので、まだ色々としなければならないことも
出て来るかと思いますが、その時はその時で、対応して行こうと思っています。

さて、退院後ですが、翌週の採血の結果、59まで上昇していた腫瘍マーカーが、
なんと284まで更に大幅上昇
あと2クール行ってから画像を撮る予定でしたが、それを繰り上げ、
あと1クール行ったあとに画像を撮り、その結果次第で、抗がん剤を
変えることになりました。
やっと自分のケアをして行こうと思っていた矢先の結果でしたので、
かなりのショックでしたが、今回もまた色んなご縁をいただくことが出来ました。

一つは、こんな先生もいらっしゃるので、参考にされてみては?と、
いつもお世話になっている、ある先生から教えていただいた京都のWクリニック。
早速HPやブログを拝見すると、京都大学を退官されて、何年か前に
ご自分のクリニックを開院され、抗がん剤だけでなく、がんに対しての様々な治療を
されていて、がんに負けない身体にする、体質を変えることに重きをおいておられる
姿勢に、やっぱりこれなのかとハッとさせられました。

それは、食事療法。
がんについての食事療法はいくつもあり、私も手術後には、色んな書籍を
買い漁ったものでしたが、かなりつらいものや半信半疑なものもあり、
結局、出来るだけ新鮮な野菜を多く摂り、肉類を多く摂らず、
腸に負担をかけないように腹八分目にして・・・等々、自分なりにバランス良く
食べられればいいかという所に落着いていました。
嫌な食事を我慢して食べるより、喜んで食べる方が免疫も上がると、
自分なりに納得していたのです。
特に抗がん剤治療の時は、食欲がなくなったりすることもしょっちゅうでしたので、
そんな時は、いつもはあまり食べないこってり系など、とにかく
身体が欲しがるものを口にしたりしていました。
そして、いつしか、がんの喜ぶものを良く摂ることもしばしば。
これでは、いけませんよねえ

W先生は、ブログ、著書の中で、身体の中で暴れているがん細胞を
おとなしくさせるには、がんになりやすい体質を変えることが不可欠で、
がんが住みにくい環境にしていくために、食事療法は必要と書いておられ、
今までの生活を省みました。
ここまで、再発を繰り返しながらも、毎日摂る食事に気を遣っていなかったなんて、
本当に愚かでした。

また、検討してW先生にお話を伺うことになるかどうかは分かりませんが、
とにかく、先生が出しておられるレシピ本などを参考に、
糖質を出来るだけ摂らないこと、減塩などを心がけ、がんを兵糧攻めするため、
早速見よう見まねで試しています。


そして、2つ目は、昨年11月に中之島の大阪国際会議場で行われた
市民公開漢方セミナーに参加したのですが、
O大病院の漢方外来のH先生が講師で来られていて、
漢方の成り立ちから、現代医学と東洋漢方医学との融合の必要性、
患者さんとの日々の触れ合いの中で気付かされたことや、
身体と心は密接に関わり合っている実例などを挙げられ、
こんなに集中してペンを走らせたのは、大学の講義以来と
思うぐらい、楽しく充実したお話を聞かせてくださいました。

元気そうに明るくしていても、実はネガティブで、不安体質の私。
病気はもちろんのこと、色んなことで悩んでいたこともあり、
帰りには、絶対H先生に診察していただきたい!と思い、
私の担当医にお願いし、地域連携室を通して働きかけてくださったのですが、
問い合わせが多数のため、他院からは受け付けていないと
断られていたのが、ここに来て、やっと診察予約を取ることが出来たのです
これで良くなって行くといいですね~と、担当医も喜んでくれました。
先生、ありがとう~

父が亡くなったこの時期に、診察していただくのもタイミングなんだろうと
先週、大雨降る中、伺って来ました。
まず、受け入れてくださったことにお礼を申し上げると、笑顔で迎えてくださり、
あのセミナーの時と同じ、優しい物腰で、担当医からの情報提供書に目を通し、
「大変ですね~。おつらいでしょう。」とまず労っていただき、緊張がほぐれました。
今までの病歴を入力している間も、始終優しく問診され、脈診、舌診と進み、
腹診では、ピンポイントで触るところのほとんどで反応し、
身体が冷えていることが分かりました。
今までの色々な状況を話し、父の件になると、涙がどっとあふれ出て来て
止まらなくなり、しばし号泣
とにかく、今は心が疲れているからと、抑肝散と、もっと不安になった時の
ために甘麦大棗湯を頓服で処方してくださいました。
そして、なんと、ここでも食事療法を推奨されたのです。
ケトン食という、W先生の食事療法より、もっと糖質を制限する療法なの
ですが、末期肺がんの方たちに効果が表れているらしく、
今週の外来で、詳しくお話を伺うことになりました。

この短期間で、二人の先生から、もっと言えば、アマゾンでポチった
薬学博士の先生からも、「食」についての大切さを
教えていただくなんて、これは、もう必然ですね。

ただでさえ、料理の不得意な私に、どこまで出来るか分かりませんが、
命のため、生きていくため、体調を見ながら、可能な限り続けて
行きたいと思っています。

次の入院は、来週末か再来週頃になるかと思います。
まずは、次の治療後の腫瘍マーカーが下がることを期待して。。。
行け行け、どんどん、頑張ります

リラックス&マイペースで頑張ります!

2015/06/28 (日)  カテゴリー/闘病のこと。

いよいよ青空の見える日が少なくなって来ましたね~
今年は梅雨が長引くという予報が出ていましたし、
先日見たニュースでは、この時期が一番、主婦のやる気が
なくなるそうです。
分かる気がするな~

さて、報告が大変遅くなりましたが、今月の9日(火)に、
抗がん剤治療6クール終了後のCT結果が出ました。

前回の記事で申し上げていたように、腫瘍マーカーがかなり上昇して
いましたので、今の抗がん剤が効かず、腫瘍が大きくなっているか、
違うところに飛んで転移しているかを、最悪想定していました。

もし、そうなったら、今度はサードラインの抗がん剤を
選ばないといけなくなるし、そうなったら、またセカンドオピニオンを
受けに行くか、いや、もうそんな時間は今はとても持てないし、
身体もしんどいし。。。と、結果が出るまで考えないようにしようとしても、
実際は心の中がいっぱいになり、外来前日からは、緊張と不安で、
食欲もなくなるほどでしたが、診察に臨む頃には、気持ちも
落ち着き、何があっても受け入れる覚悟が出来ました。

そうして、いざ診察室に入り、ええい、ままよ!と、
まな板の鯉になっていると、
担当医から、「腫瘍、小さくなってますわ~。」と一言。

『えっ!何が??』 と、一瞬面食らったというか肩透かしを
食らった感じでしたが、悪い結果だとばかり思い込んでいたので、
徐々に安堵の気持ちに代わって行き、心底ほっとしました
父が、後ろで気張ってくれたのかしらん

肝臓の表面にある腫瘍は、相変わらず小さくも大きくもならずの
状態でしたが、肛門近くにあるリンパ節の腫瘍は、3コース終了後に
撮影したCT画像よりも、少しですが縮小していたため、
現在の抗がん剤が効いているとの判断。
その前週の採血で、血小板の数値がかなり下がってしまったため、
身体に負担をかけないよう、2剤のうち、1剤の量を少し減量し、
あと3クール、治療を継続することになりました。

気になっているのは、肺にわずかに溜まっている水。
今のところでは、それが何なのかは判明できず、
要観察となりました。

一番怖いのは、それが肺転移で、マーカーに数値として
跳ね返っている場合。
そうじゃないよう、祈るばかりです

入院は、2週間ほど待ちに待ち(長かった~)、
ようやく明日から、7クール目の入院となりました。

父亡き後の手続きや手配なども、ようやく目途がつき、
何とか自分のことに集中して治療に臨むことができそうです

息抜きして、マイペースで頑張って行こうと思っています

今週末に、父の満中陰が行われることになり(またもや入院中)、
退院のお知らせが、なかなか出来ないかも知れませんが、
また、時期を見て報告させていただきます。
元気にしておりますので、安心してくださいね

これから蒸し蒸しと暑い日が続きますので、
熱中症対策をしっかりと行い、乗り切ってまいりましょうね

では、行ってまいります!!

応援への感謝と、6クール治療後の報告を。

2015/06/08 (月)  カテゴリー/闘病のこと。

ここ数日、比較的涼しい日が続いてますが、いよいよ梅雨に入りましたね~
来月で、今年も半年過ぎるのかと思うと、時の流れの早さに驚きを感じます。

目が回るほど忙しかった5月も過ぎ、ようやく今、ホッと息をついております。

大阪都構想の住民投票の結果、僅差で反対多数になり、
フィギュアスケートの浅田真央さんが、現役続行を決めた5月18日(月)、
胃がんで闘っていた父が天に召されました。

私は、前の週の12日(火)から入院しており、その間、病院から
近かったこともあり、会社の方が度々様子を見に行ってくださっていて、
毎日報告を受けていたのですが、一口、二口しか食事も摂れず、
うつうつとした日を過ごしているとの報告でしたので、
16日(土)、外泊をとり、ケンヂと一緒に父を見舞いました。
4日も会っていないと、状態が良くないのがよく分かります。
痩せて、目も白目がかなり黄色く濁って、黄疸がひどくなっており、
足はむくんで、パンパンに腫れています。
話しかけながら、身体と足を撫でることしか出来ない我が身が
もどかしくて仕方がありませんでした。

看護師さんにお願いし、主治医とお話させていただいたのですが、
今後は、肝機能障害による意識障害が出てくるかも知れないことや、
身の置き所がないぐらいだるさが出て来た場合は、
適宜鎮静剤を投与する可能性のこと、その場合、投与を始めてから
2週間ほどで最期を迎えることになるだろうということなどを伺いました。
父がつらくなく、安らかに迎えが来るのであれば、それが最良の方法で
あるのではと、自問自答しつつ、私の気持ちも定まりました。

部屋に帰り、また身体を撫でて、「何にも治療してくれへんねん。」と、
か細い声で語る父に、「体力が今ないからな~。治療したくても
できないんやで。先生も色々考えてくれてはるからな~。」と話しかけ、
私が入院する前日の11日に、お会いして、「点滴しても、むくむ一方ですし、
量を考えて行います。今は身体に負担をかけず、少しでも苦痛になることは
控えて差し上げた方がよいかと。。」と仰ってくださった主治医の顔を思い浮かべ、
医師のご苦労を思い、改めて受け入れてくださった病院に感謝しました。

別れ際、手を擦ると、「お前の手、熱いなあ」と力なく笑い、
「そうやろ~。でもパパの手も冷たくないで~。」「そうか。」
という会話が、最後になりました。

私が退院する20日に会いに行くから、それまで待っててな~と
心の中で声をかけ、病院を後にしましたが、18日の午後2時すぎ、
父の病院から緊急連絡があり、すぐに来て欲しいとのこと。
急ぎ家族に連絡し、外出許可をもらって、タクシーで病院へ。
到着した時には、すでに意識はなく、看護師さんの、
「お嬢さん、来てくれはりましたよ~」の言葉にも反応はなく、
ただ息を一生懸命している状態でした。
その父を見て、もう励ます言葉をかけることはできませんでした。
だからといって、『もういいよ~』と声をかけるのも怖くて、嫌で、
手や肩を擦りながら、耳元で「パパ~、来たで~。ここにおるよ~。」
としか言えませんでした。

看護師さんの話では、今夜が山場と伺ってたのですが、
心臓が弱い父のこと、バイタルが徐々に弱くなって来ているのが
分かりました。
30分ほど経った頃、一度心停止になり、一旦息を吹き返しましたが、
母とプリンセス伯母が部屋に入った途端、二度目の心停止。
急いで駆けつけた主治医から、最期と告げられました。
私が到着して、1時間後のこと。 穏やかな顔でした。

その後は、ケンヂと父の弟が同時に駆けつけ、悲しむ暇もなく、
私の病院への報告と、葬儀社への連絡や部屋の片づけなどに追われ、
色々と大変でしたが、家族、親族たちの協力で何とか通夜、告別式も
無事に終わり、後は満中陰と永代供養の納骨を待つだけになりました。

自分も治療中の状況で、4月の末から、葬儀のこと、永代供養先を
ほぼ一人で決めねばならず、不安で、途中で心折れそうにもなりましたが、
過ぎてしまえば、良い人生勉強であったと思っています。

その後の多くの手続きなども、ほぼ一人で行っているので、
人生勉強は、今もずっと続いているわけですが。。。(笑)

亡き父は、果たして喜んでくれているのか、お前なあ~と不足を
言っているのかどうかは、今となっては分かりませんが、また落ち着いたら、
父と私のことなども書いて行ければな~と思っています。

長く苦しむことなく、穏やかに旅立つことが出来たのも、
昨年の12月、父のがん判明後、色々ありながらも、
何とかここまで順調に過ごして来ることができたのも、
私のみならず、父のことを気にかけて下さっていた友人や
皆さまの励ましと支えのおかげだと感謝申し上げます。
本当に有難うございました。


そして、私の現状ですが、
父が亡くなった日は、外泊をさせていただき、次の日の早朝、
ケンヂに病院まで送ってもらい、即採血。
一応、数値も落ち着いていたので、そのまま退院許可をいただき、
昼にケンヂが迎えに来てくれて、そのまま葬儀場へ向い、
通夜、告別式を済ませ、それからは諸々の手続きなどの
忙しい日々が始まりました。

翌週の26日(火)の外来では、残念なことに腫瘍マーカーが、
前回5クール目の治療後の数値の倍以上 ( 22 → 59 ) となっていて、
どうやら、今回で終わることなく、治療を続けて行かなければ
ならなくなりそうです。
翌週の6月2日(火)の外来では、連日の疲れからか、
とうとう血小板が13000まで下がり、10000まで下がると、入院して
血小板輸血を受けなければならないため、2日後の4日(木)、再度外来へ。
幸いにも、2日の時点で数値も底をついていたようで、何とか23000まで
上がってくれていて、輸血は免れましたが、まだまだ低いのには変わりなく、
引き続き、怪我や転倒をしないよう要注意です。

そして、翌日の5日(金)は、いよいよ胸部と腹部のCT検査を行いました。
撮るまでは、不安でいっぱいでしたが、撮り終えた後は、ある意味すっきり。
もう、あーだこーだ言っても仕方のないことなので、
今週結果が出るまでは、極力考えないようにして、毎日を過ごして行こうと
努めています。
きっと、父が見守ってくれていると信じて(少しばかり、頼りないですが)
臨もうと思っております。

CT結果が出てしまうまでに、何とか急ぎの手続きや法律相談だけは、
終えてしまいたかったので、少々身体に負担をかけてしまいました。
本当に、ご心配おかけして申し訳ないです。

まだ、今週も手続き等は続きますが、決して無理せず、マイペースで
おこなって行こうと思っておりますので、ご安心ください。

では、また諸々落ち着きましたら、結果報告をさせていただきます。
出来るだけ良い報告ができますように。。。

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