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勘三郎さん。ありがとう。

2012/12/05 (水)  カテゴリー/日記

日に日に冷え込んできましたね。

4回目の治療を終え、今月2日に退院してまいりました。

治療も後半戦、さすがに蓄積された薬の副作用が、少しきつくなってきましたが、
食欲もあり、元気に過ごしています。


冷え込んだ今朝、とても悲しく、寂しい訃報が舞い込みました。
かねてより闘病中であった、中村勘三郎丈死去の知らせ。
享年57歳。余りにも早い旅立ちでありました。

昔、テレビなどで見る、勘三郎丈が、なぜだか好きになれず、
歌舞伎を観るようになってからも、勘三郎丈が出演される公演は、
なるべく避けていました。

しかし、平成10年の15代目片岡仁左衛門丈襲名披露の際、
夜の部の「助六曲輪初花桜」にてのこと。
仁左衛門丈扮する助六に、絡む勘三郎丈(当時は勘九郎)扮する通人里暁の
アドリブの面白おかしいことったら!!
ユーモアだけじゃなく、新15代目に対する敬意や気遣いが感じられ、
小屋を出る頃には、すっかりファンになっていました。

それからのご活躍は目覚ましく、たびたび楽しませていただきました。

最後に直接姿を拝見したのは、一昨年の「大阪平成中村座10月大歌舞伎」。

勘三郎丈が大事にされていた「俊寛」は見事の一言!
新作「太閤桜」は、大阪城を大道具に使うというすごい発想に感動!
「弁天娘女男白浪」は、若手役者が活躍。特に勘九郎丈(当時は勘太郎)、
七之助丈の2人の息子たちの素晴らしいこと!

すでに、入院、手術を控えていた私にとって、どれほど心励まされたことか。

しかし、この後、勘三郎丈も突発性難聴に見舞われ、治療を余儀なくされました。

その頃からの勘三郎丈の治療、舞台の復活、そして食道がんの手術、治療に
至るまでの時系列が、大変おこがましいのですが、私の入院、手術と治療、仕事の復帰、
そして転移による再びの治療の過程が、何ヶ月かの差はあるが、ほぼ同じで、
決して人ごとではなかったのです。

本当にショックで、朝から泣きどおし。
まだまだ、やりたいことを残しての旅立ち、胸中を察すると、今も涙がこぼれます。

今後は、育て上げた立派な2人の息子たちが、勘三郎丈の思い、情熱を受け継いで
行かれるのでしょう。

私も精一杯、2人の若者を応援していきたいと思っています。

ということで、治療中ということもあり、毎年楽しみにしていた南座顔見世を、
今年は断念していたのですが、早速2人の応援をしようと、入院前の来週、
観に行くことに決めました。

やりたいことは、できるうちに!の精神を忘れるところでした。
今後は貪欲に生きていきたいと思っています。


勘三郎さん、本当にありがとう!そしてお疲れさまでした。

安らかに・・・

どうぞ安らかに。。。ご冥福をお祈りいたします。

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