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【病気のこと】その1。きっかけから~入院まで。

2011/10/21 (金)  カテゴリー/闘病のこと。

あんなに暑かった夏も過ぎ、秋が来て、段々と寒くなってきました。

もうすぐ、10月27日。最初の手術日から1年が経ちます。

昨年9月、がん専門病院を紹介されてから、長い間書いてなかった
日記なるものをつけようと思い立ちました。
人は、どんなにつらいこと、痛いことがあっても、次第に忘れ、
鈍感になっていきます。
その時どんなことをしたか、どんな気持ちでいたか、何か残しておかないと 
その時の思いや感覚を思い出すことができません。

今、あの時に思った正直な気持ちが薄れないうちに、
病気のことを伝えていきたいと思います。(やっとこさですね~

どういう風にまとめていこうか、かなり迷いましたが、きっかけから手術、
抗がん剤治療での入退院の話を、時系列で何回かに分けて書いた後、
伝えたいこととして、その都度思ったことや、助かったこと、アドバイスなどを
書いていくことにしたいと思います。

※専門用語等が出てきますが、説明は、わかりやすく専門記事等をリンクしますので、
 そちらでご確認ください。


なぜ、がんという病気がわかったのか。
がんには色んな種類があり、どこにできたか、何の組織型か、
ステージは何か、どんな顔つきをしているか等々、人様々で、
一つとして同じガンはない、オンリーワンの病気です。

見つかり方も人それぞれですが、私の場合、きっかけは人間ドッグでした。
昨年3月に受診した人間ドックでの腫瘍マーカーCA125の値が、
正常値が一般的に35(U/ml)以下なのに対し、91と高く、婦人科での再検査を
求められました。

ちょうどその頃、半年前からの月経不順でレディースクリニックに
かかっていて、初診時の内診で子宮頸がん検査、経膣エコーも行っており、
異常なしと結果が出ていたので、おかしいなーと思っていましたが、
万が一、何か異常が漏れていたらという考えと、反面、何も異常がないという結果が
欲しくて、検査結果表に同封されていた紹介状を持って、
4月初旬、違う病院の産婦人科を訪れました。

そこでは、胸部と腹部のエコーを行いましたが、やはり異常なしで一安心!
あとは、また腫瘍マーカーの検査をすることになるのですが、
大体、3ヶ月に1回の割合で調べるものらしく、
人間ドックから3ヶ月後の6月、通院しているクリニックにて検査を行いました。

7月下旬に結果が出ましたが(通院が1ヶ月に1回だったため)、
当然、下がっているだろうと思っていた腫瘍マーカー値が、91→133と上昇。
再度、経膣エコーを行ったが、やはり結果は異常なし。
「これは、婦人科じゃないですね。内科とかじゃないですか。」と
内科受診を勧められ、このクリニックでの治療は、ここで終了となりました。

「どういうことなんやろ?」と不安になり、すぐにかかりつけの内科を受診するが、
ここでも、今までの状況からして、内科の疾患では、まずないと言われ、
再度、婦人科での精密検査を勧められました。

お盆が過ぎるのを待ち、また違う病院の婦人科を受診。
経膣エコーと子宮体がんの検査を受けるが、どちらも異常なし。
ただ、腫瘍マーカー値が、またもや133→289と倍に上昇。
『何が身体に起こってるんや。。。』と明らかに不安な様子の私を見て、
先生は、「腫瘍マーカーは、がんだけでなく、どこかに炎症が起こっていれば、
それに触れて、数値が高くなることもある。例えば、数値が高いので、
よく調べてみれば、歯槽膿漏が原因だったということも過去にありました。
でも、数値がどんどん高くなるのは、気持ちが悪いでしょうから、
一度検査されますか?」と勧められたのが、PET-CT検査でした。
もうこうなったら、何か判明するまで、徹底的に調べてもらおうと決意していたので、
聞いたこともない精密検査でしたが、説明を受け、
二つ返事でお願いしたのは、言うまでもありません。

今から思うと、やっとここから、扉が開かれたように思います。
予約を取ってもらって、検査が行われるクリニックを受診したのが9月初め。
ちょうどレーシック手術をした二日後でした。
ものすごく暑い日で、京阪中之島駅からクリニックまで、目を守るためにサングラスをかけ、
日傘を差し、汗だくで歩いたのがまるで昨日のように思い出されます。

検査を終え、3日後、検査結果のフィルムを持って病院へ。
がん細胞は、細胞分裂をものすごい速さで行い、増殖させるため、大量のブドウ糖を蓄えます。
PET検査では、そのブドウ糖に印をつけ、全身に送りこみます。
取り込んで集められた場所があれば、そこが白く光ったように写り、
その場所にがん細胞が発生しているという目印になります。

「左の卵巣が、光ってますね。」という先生の言葉に、え~、ウソ~!という気持ちと、
やっと見つかったという不思議な安堵感を覚えました。
検査結果を得て、もう一度経膣エコーをすることになりましたが、やはり鮮明には写らず、
次の日にMRI検査を受診し、そして、その結果、4cmほどの腫瘍が認められ、
極めて悪性に近いという結果が出ました。

「悪性。。。がんってこと?」まさに青天の霹靂でしたが、以外に落ち着いていて、
冷静に先生の話を聞くことができました。
ここまで半年、信じたくはなかったが、『身体に何かが起こっているのは、
間違いないだろう』とある程度、覚悟していたからかも知れません。
先生は、卵巣は、子宮とは違い、腹腔内にあるため、お腹を開いてみないと
詳しいことは分かりませんと説明し、この病院では、手術がかなり詰まっていて、
すぐにはできないので、信頼できる他の病院を紹介しますということで、
ピックアップされた何軒かを調べ、そのうちの、がん専門であった
現在お世話になっている病院を紹介していただきました。

すぐに予約をして、紹介状と各検査結果の資料を持って、病院を訪れたのが9月末。
沢山ある各科の外来には、大勢の人がいて、『この方たち、全員がん患者ってこと?!』と
とまどい、驚きましたが、元気そうな方たちが多く見受けられ、安心しました。
なんせ、がんについて、ほとんどと言っていいほど、知識のなかった私。
テレビなどの情報で見る限り、がん患者は、瘠せて体力がないものだと
思いこんでいたのです。

病院によくある待ち時間を経て、順番がやってきました。
まず内診(子宮体ガン検査、直腸診、経膣エコー)を行い、次に診察へ。
持参したPETとMRI検査の結果を見て、先生は、やはり悪性度が極めて高いと診断。
スケジュールを調整して10月末には手術を行いましょうという先生の言葉で
気持ちは定まりました。
どこの病院の婦人科もかなり混んでいて、何か月も手術をしてもらえない
可能性もあると、色々な情報の中から聞いていたので、お腹を切る恐怖よりも
手術をしてもらえるという嬉しさの方が勝っていたのです。

先生は、手術の説明として、開腹して、腫瘍がある側の付属器(卵巣と卵管)を摘出し、
悪性かどうかの診断をした後、子宮、反対側の付属器、リンパ節の摘出、
大網(胃の前に垂れ下がっている脂肪が多い組織)の摘出を行うこととし、
また、その後、化学療法を何か月か行う可能性があるとおっしゃいましたが、
その頃は、すでに本などで調べていたので、すんなりと納得できました。

この日は、手術に備えて、必要な検査(血液検査、止血検査、
腹部と胸部のレントゲン検査)を行い、3日後には、呼吸器と心電図の検査をし、
一週間後に先生の診察がありました。

この日に、手術日が決定し、入院予定も組まれました。
そして、先日の検査結果として、特に異常はなかったが、
腫瘍マーカーが、またもや289→601まで上がっていました。

異常なしと言われ続けて、途中で検査を放棄していたら。。。と考えると
背筋に冷たいものが走りましたが、逆に戦う意欲が湧いてきたのです!

さあ!入院までにやることがいっぱいある。頑張らねば!!

この半年間、本当に短くて長い、あてどのない旅に出ていたようでした。
そして、またここから新たな旅に出ることになります。
決して止められない、引き下がれない旅へと出発です!


次回は、【病気のこと】その1。の中で、私が思ったことやアドバイスなどを、
その1。で伝えたいこと。としてお送りしたいと思います。(ややこしいなあ~

【病気のこと】その2。では、入院前から手術、抗がん剤治療までを書く予定です。


また、しばし、お付き合いくださいませ!
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